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TAKAHIRO KONASHI official blog

映画「この世界の片隅に」の世界観と、主題歌「みぎてのうた」

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観に行きたい!!と思っていながら、近くに上演している劇場がなく、結局映画館で観る機会を逃してしまった、こうの史代さん原作のアニメ映画「この世界の片隅に」を最近ようやく観ることができました。映画そのものの素晴らしさもさることながら、久しぶりに心に滲みる深い音楽に巡り合ったな、と感じたので、感想を記しておきます。
 

戦時中の人々の生活を淡々と描く、独特な世界観

この映画は、戦時中の広島・呉で人生を送る主人公「すず」の日々の生活と、家族や人々の暮らしの様子や街の様子を描いていく作品なのですが、他のいわゆる「戦争の恐ろしさを伝えるための映画」とは一風違った作品に仕上がっています。いわゆる「庶民の生活目線」で戦争を捉えた作品であり、戦禍に巻き込まれ悲しい思いをしながらも、日々逞しく、そして淡々と生活していく人々の様子が描かれているのです。
こうの史代さんの描く人物や風景の親しみやすさ・美しさや、広島や呉の街の様子のディテールへのこだわりもさることながら、私が中でも特に感銘を受けたのは、ストーリーと劇中に挿入されている音楽との見事な調和でした。
 

コトリンゴさん、との出会い 

この映画の音楽を担当したコトリンゴさんについては、映画を観るまで名前すら知らない存在でした。しかし、その歌声を初めて聴いた時、首から背筋にかけてゾクゾクっとするものを感じました。悲しみ、苦しみ、やるせなさといった人間の深い感情を、透き通った歌声と感情を露わにしない淡々とした口調から見事に表現しているのです。
映画のオープニングに歌われるのは、ザ・フォーク・クルセターズの「悲しくてやりきれない」のカバー。「胸にしみる空の輝き…」というコトリンゴさんの深い溜め息をつくかのような歌い始めに、ぐっと引き寄せられます。そして、「悲しくて、悲しくて、とてもやりきれない…」というこの曲のサビが、まるで戦時中を生きたすべての人々の思いを代弁するかのようで、この映画の内容を象徴するものとなっています。
悲しくてやりきれない

悲しくてやりきれない

  • provided courtesy of iTunes

 

主題歌「みぎてのうた」の衝撃 

また、映画の最後の方に出てくる、こうの史代さんが作詞し、コトリンゴさんが歌う主題歌「みぎてのうた」は、さらに深く感銘を受けた、私の人生の中で見つけた「心に響いた歌ベスト100」にランクインする歌の一つとなりました。
私はこの「みぎてのうた」の歌詞について、まだよく理解できていません。何度読んでも、どうしても一貫性やストーリー性がつかめず、何が言いたいのかよくわからないのです。
 歌の主人公は、映画の主人公「すず」さんの“右手”らしいのですが、時限爆弾で吹き飛ばされ、失われる、という映画のストーリーと照らし合わせてみてもよくわかりません。どうやら、原作の本を読むといくらか分かるらしいので、今度読んでみたいと思います。(…結局、原作本も買っちゃいました。只今ぼちぼち読んで意味を探っています。)それほど、惹きつけられる歌なのです。
 
まず、歌い始めが変です。
 
「真冬と云ふのに、なまあたゝかい風が吹いてきて…」
 
コトリンゴさんのしっとりした歌声と、弦楽器の高音の不協和音、チェレスタの伴奏が何とも絶妙な不思議感をかもしだしています。そして、さらに難解な歌詞が続きます。
 
「あなたなど、この世界の切れっ端にすぎないのだから…」
「あなたなど、切れぎれの誰かや何かの寄せ集めにすぎないのだから…」
 
「あなたなど」…ですよ。こんな辛辣な、他人を卑下する日本語は久しぶりに耳にしました。
しかもコトリンゴさんの美しい歌声からです…。この絶妙なアンバランス…。
 
しかし、逆に考えてみると、私達は世界の切れっ端にすぎないのだから、開き直って生きるしかない、という、戦争という、人類の最も愚の行為を経験した人に対する最大級の励ましの言葉のようにも聞こえます。
 
そして、曲のクライマックスには、
 
「どこにでも宿る愛」
「変はりゆくこの世界のあちこちに宿る、切れぎれの愛」
「ほら、ご覧、いま其れも貴方の一部になる…」
 
とさらに難解な言葉で締めくくります。これらは明らかに原作本を読まないと理解できない、(読んでも理解できない?)と思われるのですが、意味がわからずとも、コトリンゴさんの感極まった歌声と、弦楽を中心とした高まったメジャーコードの伴奏によって、何とも満ち足りた、幸せな気持ちにさせてくれます。 
みぎてのうた

みぎてのうた

  • provided courtesy of iTunes

 

 人の心を惹き付ける映画作品には、優れた音楽が付随しているものです。今回この「この世界の片隅に」という映画がヒットしたのも、コトリンゴさんの歌声をはじめとする劇中音楽の素晴らしさが大きく貢献したことに疑いの余地はありません。(インストゥルメンタルな曲も、映画のシーンが思い浮かぶしっとりしたいい曲ばかりです。)これからもコトリンゴさんの作品には、注目していきたいと思います。
 
また一つ、素晴らしい音楽にめぐり会えたことを、とても嬉しく思っています。
 
劇場アニメ「この世界の片隅に」オリジナルサウンドトラック

劇場アニメ「この世界の片隅に」オリジナルサウンドトラック