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TAKAHIRO KONASHI official blog

「禊」(みそぎ)初体験

久しぶりに「神社」のお話です。
この夏は、大きな研修に2つ参加し、忙しい日々を送りました。1つは、教員免許状更新のための5日間の講習、そしてもう一つは、四十うん歳になったのに、何故か「初任者研修」です。
その「初任者研修」というのは、神社の「神職」(いわゆる神主)の初任神職講習会というものです。私は、2012年に父が宮司を務める、宮城・角田市に鎮座する住吉神社神職になりました。(前の記事を御覧ください)それから4年、お祭りの時だけ奉仕する、いわば「にわか神主」を続けているわけですが、私の奉仕する神社を所管する「宮城県神社庁」では、就任して5年以内に「初任者研修」を受講することを奨励しており、今年受講することになったわけです。
 
受講会場の竹駒神社(宮城県岩沼市

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神主の初任者研修ってどんなことをするの?修行??とお思いの方もいるかと思いますが、半分は昔ながらの「修行」っぽいこと、そして、半分は現代的な大学の講義のようなことをします。修行は主に朝夕の拝礼や、祭式の練習など、そして、講義では県内で活躍される神社の神職さんのお話しを聞き、神社を運営するための実務について学びます。その中でも、自分にとって一番衝撃的だったのは、(神社界の一員としては恥ずかしいのですが)この歳で初めて「禊」(みそぎ)を経験したことです。
 

「禊」これぞ、ザ・修行

 
「禊」と聴くと、滝の水に打たれたり、海にザブザブ入って行ったりする、しかも白鉢巻と褌(ふんどし)一丁で、というイメージがあると思いますが、…まさにそのままです…。今回私の場合は、滝や海ではありませんでしたが、褌一丁で水をかぶるのは一緒でした。私が講習を受けたのは、宮城県内でも特に大きな神社の一つなのですが、そういう神社には必ず「禊場」なるものがあり、そこで禊を行います。
 
↓竹駒神社の禊場

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水をかぶる、とはいっても、禊を始めていきなり水をかぶるのではありません。今と同様、体を水にならすための「準備体操」のようなものがあります。それは、おそらく禊が海辺で多く行われたことに由来するのでしょうか、「エィ、イェ!」とか「エィ、ホッ!」とかかけ声を掛け合いながら、舟をオールで漕ぐようなしぐさをしながら、腕を動かします。はじめは何だこりゃ、と思ったのですが、それをひたすら続けるのです。3分もすると、程よく体が暖かくなっており、水をかぶっても大丈夫な感じになります。そこから、水をかぶり、体を禊ぐ儀式に入るのです。
禊をやる、と聞いて、最初は「恥ずかしいなぁ」と思いました。褌一丁の姿を人前に晒す、など今までしたこともないからです。しかし、集まっている人は皆同じ境遇。見学している人などいません。あっという間に雰囲気に慣れて、せっせと水をかけている自分がいました。
 

確かに清々しい感じが…しかし…

 

研修期間中の毎朝6時ぐらいから、3回禊を行ったのですが、体験してみて感じたことは、確かに禊をしたことによって、体が軽く、清々しく感じられるようになった、ということです。おそらくいろいろなモノが体の中に溜まっていて、それらが禊によって落とされたことでそう感じたのでしょうか。(恥ずかしい思いをしてやった、ということもあるので、体にそう言い聞かせているだけなのかもしれませんが…)いずれにせよ、終わった後、妙に健康的になった感じがしたことは確かです。が、しかし…

 

これは、絶対「冬」にはやりたくない。

 

そう思う私は、まだまだ修行が足りないのでした…。

 

この初任者研修でたくさんの宮城県神職さんとお知り合いになれたことは大きな収穫でもありました。いつか宮城に帰る日が来るのか…今はまだ考えないことにしております…。