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音故知新 on-ko-chi-shin

TAKAHIRO KONASHI official blog

次世代の音楽の授業を模索して①…タブレットが学校にやってきた

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この夏、私の勤務校にも40台のタブレットPCが入りました。児童が1人1台、タブレットを使いながら行う授業が可能になったのです。タブレットは、タッチパネルで児童でも直感的に操作できる点や、コンピューター室を飛び出し、教室や特別教室でも使うことできるという点で、学校教育現場での新たな教育効果が期待されています。私も早速、音楽の授業で…と使い方を考えてみたのですが……現状では学校ならではの制約がまだまだ多く、授業にたどり着くまでにだいぶ苦労しました…。まずは音楽の授業でタブレットを活用するに至るまでの苦難についてお話したいと思います。
 

学校に来たタブレットは「Windowsタブレット

 
学校に来たのは、いわゆるWindowsタブレットと呼ばれる、現在のWindowsパソコンで主流になってきたものです。これは、アップル社から出たタブレットiPad」の大ヒットを受け、Microsoft社が、今まで使っていたWindowsのソフトが使えるように互換性を保たせながら、キーボードと本体を分離させ、タブレットとして活用することを可能にしたものです。しかし、美味しいとこ取りをしようとしたばかりに、どうしても使い勝手が悪くなってしまっているのです。
一番困ったのは、インターフェイス(表示されている部分)が美しくなく、字が小さくて見にくい、ということです。10インチにも満たないディスプレイ上で3ミリ以下の文字をクリックしなければならないのは、とてもイライラが溜まります。実際児童は間違った部分を多くクリックして、教師が修正するのに余計に時間を使うことになってしまいます。タッチペンが付属しているのですが、反応が悪く、使い勝手がよくありません。まあ、これは我慢すれば何とかなる問題ですが…。
 

使いたい「ソフト」が使えない。本体に教材を保存しておけない。

 
学校に配布されるPCはライセンスの関係で、使えるソフトが非常に限られています。主に主要5教科での活用を想定しているので、学校での使用を想定した「統合ソフト」と呼ばれるものが中心で、教科に特化したソフトまでは予算的に入れてもらえないのが現状です。
また、これは自治体が管理するものであるがゆえ致し方ないことなのですが、教師が勝手にタブレットにソフトをインストールすることはできません。(使いたいソフトがある時は、教育委員会許可申請をし、受理されてICインストラクターがインストールしてくれるまで使えません。そもそもフリーソフトではなかなか許可がおりません。)あらかじめ長期的な視点に立ってタブレットを使用する授業を設定し、使用可能なソフトを決めておかなければならない、ということで、教師にとってはこの点でも非常に使い勝手が悪いです。
また、セキュリティのためとはいえ、教師にとって非常に悩ましいのは「瞬快」という、タブレットが起動するたびに初期設定に戻す、というソフトが組み込まれていることです。これによってマイドキュメント等に書類や画像を置いておくことができなくなるため、教師がいちいちタブレットを起動させた後に、ファイルを本体にコピーしなければならないのです。ネットワーク上のサーバーに保存することは可能ですが、音声や映像ファイルなどの大きなファイルは、クラス全員が一斉に再生するには、インフラがまだ十分その負荷に耐えられる状態になっていないのです。
 

結局、日本のICT教育が進まないのは「大人の都合…」

 
昨年、佐賀県武雄市が、先行実践研究校でiPadを使い成果を挙げながら、児童生徒全員に配られたのは結局Androidタブレットの安いもので、故障が多発し授業の使用に耐えられず現場が混乱したことは記憶に新しいところです。結局、日本の教育の世界でも予算や利権が絡み、本来子どもたちにとって有用なものが配られにくいのが現状なのです。私が勤務する学校の市町村は、教育に対する予算のあて方は県内でもトップクラスに素晴らしい、と思っています。しかしながら、ICT教育に関連する予算の使い方は、選定されている機材を見るにつけ、十分子どもたちの側に立った選び方がされてないな、と感じざるを得ません。また、セキュリティをしっかりすることは大事なことですが、それが原因で、ただでさえ忙しい先生たちを、「どうせ学校のパソコンではできないから…」と授業でのICT機器活用から遠ざけているのも事実です。私たち大人には、さらに変化の加速する社会に生きる子どもたちにとって本当に必要なものは何なのか、そしてそれらをどう柔軟に活用していくのか、斬新な発想と先見の明をもつことが求められているのです。
 
次回は「それでも何とか指導案と教材を作った」お話しです。